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​PROFILE

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​笹原宏美 HIROMI SASAHARA

​ファッションコンサルタント

(株)オンワード樫山に総合職で入社。20年間勤務した後、自主退職。​​​

2013年 ファッションコンサルタントとして独立。

2016年 NHK仙台「ひるはぴ」にて、ファッション講師として1年間出演。

仙台を拠点に東京・大阪・名古屋・福岡にて約2000名以上のスタイリング提案を行う。

​2019年 台風19号で実家が被災。翌年、親の介護が必要になり仕事を休止。二拠点生活を始める。

2024年 仕事に復帰。

2025​年 被災した時の恩返しに、能登半島地震・奥能登豪雨災害の被災地支援として「311星空プロジェクト×チャリティ」企画を立ち上げる。 

​合同会社 FUTURE SELF 設立。EXPO2025 大阪・関西万博に出店。

​MY STORY

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​幼少期

宮城県生まれ。

山間の自然豊かな田舎で育つ。​広い庭には睡蓮が咲く池があり、鯉や愛犬が友達。

毎朝母がお手製の服をコーデしてくれたが、気に入らない服を着せられた時には外でこっそり脱いでいた。

子供の頃から古いもの、美しいものが好き。いつも本を開いては、仏像、美術品などの写真をうっとり眺めていた。

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​20代 アパレル企業に入社

大学時代、将来何がしたいのかわからず就活に出遅れる。たまたまアパレル会社を訪問した人の話を耳にし、その会社を受けにいく。元々内気なのに、勝負をかけて白スーツで最終面接に臨んだら、まさかの合格。

 

​​​(株)オンワード樫山に総合職で入社。​​

​華やかなアパレル業界に入ったものの、会社に馴染めず、何度も辞表を書こうとする。

3年後上司が変わると、仕事が面白くなり、自分に自信が持てるようになった。先輩に呼び出され「お前調子に乗るなよ」と叱られる。

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​30代 モーレツサラリーマン

新ブランドを次々と任され、充実の日々。30代半ば、仕事は楽しかったが、会社に評価されたくて必要以上に頑張り続ける自分に、「私の人生これでいいのか?」と疑問を持つようになる。

39歳、モーレツな仕事が祟り、脊髄内腫瘍を発症。難しい手術で、失敗したら車椅子、トイレも自力で出来なくなる可能性を告げられる。

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​40代 ①  会社を自主退職、東日本大震災

40歳で手術。奇跡的な回復を遂げた。​​

​会社を辞めることにしたが、安定した生活、年収を捨てられず、2年間悩み続ける。​​

もう二度とファッションの仕事はしないと決め、20年勤務した会社を自主退職する。

 

​​1週間後、2011.3.11東日本大震災発生。

あまりの被害の大きさに、次の仕事は人を癒すセラピストになろうと決めた。1年間かけて、国内外を旅しながら、ヒーリングやセラピーの資格を取りまくる。

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​40代 ② ファッション人生第2弾

震災の翌年、被災した女性の服選びのお手伝いをする。明るい色の服を纏った瞬間瞳が輝き、元気になっていく様子に「ファッションは人を元気にする」と感動。ファッションの道に戻ることを決めた。

 

​2012年、ファッションコンサルタントとして、フリーで活動をスタート。​

2016年、NHK仙台「ひるはぴ」にファッション講師として1年間出演。事業が全国規模へ。​

ブログと口コミだけで、日本全国からクライアントが会いにきてくださるようになる。

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​50代 ① 台風被害、親の介護

2019年10月 台風19号が実家を直撃。

母と命からがら逃げる。被災のショックから母がまさかの認知症に。大規模半壊した実家を修繕し、二拠点生活を始める。​

 

コロナ禍でもあり仕事を休止。全国を飛び回っていた生活が一変する。​実家の復旧と親の介護だけの日々に、苛立ちが募ってくる。

​2023年 コロナに罹る。張り詰めていた糸がぷっつり切れ、スリランカのアーユルヴェーダ施設で療養。回復後、4年にわたる母の介護を姉にバトンタッチしてもらう。

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​50代 ② 仕事に復帰、能登支援

2024年 ファッションの仕事に復帰。​​​

2025年1月 水害に遭った際に全国の皆さんから支援していただいた恩返しに、能登の被災地支援「311星空プロジェクト×チャリティ」企画を立ち上げる。

​合同会社 FUTURE SELF 設立。

2025年8月 EXPO2025大阪・関西万博に出店。

現在も二拠点生活を継続中。休職中にハマった有機野菜作りを行なっている。

趣味:神社巡り、温泉、花生け(古流師範)

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オンワード時代の職歴

 

(株)オンワード樫山に総合職で入社。

20年間勤務。ほぼ全てのレディースブランドを担当。

キャリアブランドを中心に、ヤング〜ミセス、大きなサイズ・小さなサイズ、インポートブランド、セレクトショップなど幅広い経験を積む。

 

​​​​​主な業務は以下の2つ:

​​​​

1. 商品仕入れ(億単位)

シーズン毎に億単位の商品仕入れ、各店舗への配分、商品コントロールを行う。​

 

2. 店舗運営(5〜10店舗)

​予算管理、店舗運営、販売スタッフ採用・教育など。

​​​​​​​​

 

仕事内容の魅力

​・商品が企画され、店舗に並ぶまでの全過程に関わり自分が携わった商品がお客様に届く喜びを感じた。​​

​・担当ブランドが変わるたび、ファッションに応じて自分自身も変化した。制限がなくなり、視野を広げる経験が得られた。

​​​​​

​店舗運営の特徴

​​・北は青森から、南は北関東までの広いエリアを担当。地域ごとの特性を活かした店舗づくりを推進。​​​

・新規店舗オープンの際には、売り場のレイアウト設計や販売ディスプレイの工夫に注力。ブランド認知を高め、顧客の新規獲得、リピーターを増やしていった。

​​​

モチベーション​

販売スタッフが「売れる」喜びを感じられる服づくり、環境づくりを目指した。

スタッフの笑顔や、チームで売上目標を達成する充実感をエネルギー源として働いていた。​​

​担当したレディースブランド

 

総合職(営業職)としての私の仕事は​

担当店舗の運営 

商品仕入れ(モノ作り)

①については、オンワードのレディースブランドの全てを担当。

(みなさんご存知の、23区、組曲、J-PRESSなどを含む)​​

② 商品担当(モノ作りと仕入れに関わった)について、主だったものはこちら↓​​


*モノ作りに反映させるため、週末に店舗をまわり、接客しながらお客様の声を直に聞いた。
 

​大きなサイズ・小さなサイズ

アミエル(今はない)

23区L・23区Sなど

​普通サイズの服が着られないお客様にも、おしゃれを楽しんでもらいたいと、着痩せして見える服やコーディネイトの仕方などを徹底研究。どんな人にも魅力があり、似合う服が必ずあると伝えたかった。

​会社でNo,1のベテラン販売員さんから、接客スキルをみっちり仕込まれる。

 

​お金持ちマダムブランド

MERANGE(今はない)など

​ベテラン店長との付き合いで、1着100万を超えるコートを軽くオーダーしていくお客様が何人もいることに驚いた。極上の素材がどんなものか、肌で感じる体験を重ねていく。その後、素材フェチになる。

 


キャリアブランド

ICB

​20代後半に担当。ブランドが得意なパンツスーツを着ただけで、背筋がシャンとし、デキる女になったような気がした。ジャケットやパンツはシルエット次第で、1.5倍増しにスタイル良く見えることを知った。すらっと見える上下のコーデバランス、最高に脚長に見えるパンツ丈の直しなど、こだわりが増した。バランスフェチになる。

 


ライフスタイル型ブランド

ICB relax(今はない)

オンのICBに対して、オフのICBrelax。生活雑貨や下着まで扱う。イタリアの高級下着ブランド「ラ・ペルラ)を愛用していた私が、綿のカジュアルな下着をつけてナチュラルテイストの人になった。オンだけでなく、オフの時間を充実させる、美しいライフスタイルを意識するようになる。

 

 

​セレクトショップ

​NAVE(今はない)

​30代半ば、オンワード初のセレクトショップを担当。きれいめなICBから個性的なファッションの世界へ。海外デザイナーが作る癖のある品々に、一気におしゃれ心が開眼。ヤンキーに見られそうな背中に刺繍の入った服、ゴツメなアクセサリーを首と指にジャラジャラつけた。

​オリジナルブランドでは、サイズがバカみたいに小さ過ぎて全く売れず...ダイエットして45Kgまで痩せて、ピチピチのTシャツ(子供サイズ)をなんとか着て試着販売。全て売り切った。

 

プチプラ・ヤングブランド​​
(郊外SC向け)

​DIP DROP(今はない)

​30代半ば、10代向けヤングブランドを担当。若いスタッフに教わりながら、プチプラカジュアルにトライ。ハイヒールが定番の私が、初めてコンバースのスニーカーを履き、スニーカースタイル目覚めた。

​ヤングママブランド
​(ファッションビル向け)

​anySIS(組曲の妹ブランド)

小さな子供を持つママが、おしゃれで、ジャブジャブ洗える服を求めてること、普段着とは違うオケージョン(入学・卒業、結婚式のお呼ばれ)用に何を着たらいいか?悩むママたちがたくさんいることを知った。買いやすいプライスで、手入れがしやすく、高見えする服を、本部に提案しながらモノ作りに反映させた。

 

​インポートブランド(NY)

​MMK

(マイケル・マイケル・コース)​

NYコレクションの常連「マイケル・コース」のセカンドライン。(今国内では、バッグや財布が人気のブランドでお馴染みに)シンプルながら、ラグジュアリーな雰囲気のあるこのブランドが大好きだった。インパクトのあるバッグやサングラスなどの小物をプラスするだけで、一気にリッチ感が出ることを知った。

​インポートブランド(London)

​Paul Smith

​自主退職する前に担当したのが、「Paul Smith」(今、他メーカーがライセンス契約)シックなスタイルが好きだった私が、まさかの全身色柄コーデで、プリントの世界にどっぷり浸かった。無地しか着ないというお客様に、カラーやプリントを取り入れることで、ワードローブが新鮮になること、ファッションが楽しくなることを伝えた。


他にも担当したブランドはいろいろありますが、このあたりで。

販売職ではないけれど、担当するブランドの服を着てショップに出向き、お客様とのリアルな会話の中から、お客様のニーズやお悩みを聞き、モノづくりに反映させていきました。

​ちなみに、20年間の会社員時代、ファッションに投入した金額は、自社(自社の場合、定価に換算すると)他社含めて、家が1軒建つほどに。


 
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